2009.02.02 (Mon)
嫌ならいいんだ
何もかもに負けそうになる時ほど、
必死に頑張るしかない。
負けたら負けっぱなしな末路しかないのだから、
どんなに苦しくても必要以上に打ちのめされ続ける意味なんか、
誰のどんな戦いであれ、微塵もないのだ。
わかっちゃいるが…
さて、頑張ろう。
愚痴と弱音は自信を殺ぐばかりだ。
必死に頑張るしかない。
負けたら負けっぱなしな末路しかないのだから、
どんなに苦しくても必要以上に打ちのめされ続ける意味なんか、
誰のどんな戦いであれ、微塵もないのだ。
わかっちゃいるが…
さて、頑張ろう。
愚痴と弱音は自信を殺ぐばかりだ。
2009.01.12 (Mon)
用意周「到」?
何かを始めようと思って、
初日からうまくいくだなんて思っちゃいない。
まずは失敗したっていいから、
ゆっくり、確実に。
できることに自信を持てばいいし、
できないことを恥じる必要はない。
できなかったことをできるようにするのが、
努力と学習による成長なのだから。
初日から風邪と睡眠不足というアレさだが、
相手にとって不足はない。
いざ往かん、いばらの道を。
初日からうまくいくだなんて思っちゃいない。
まずは失敗したっていいから、
ゆっくり、確実に。
できることに自信を持てばいいし、
できないことを恥じる必要はない。
できなかったことをできるようにするのが、
努力と学習による成長なのだから。
初日から風邪と睡眠不足というアレさだが、
相手にとって不足はない。
いざ往かん、いばらの道を。
2009.01.02 (Fri)
明日に繋がることが継続とは限らない
今この瞬間は連続した何かへの一部だ、
という意識だけで生きていると、
今日一日の重さを忘れてしまうものだ。
あくまで今日一日、この瞬間に何ができるのか。
そういう意識を積み重ねた結果が継続であり、
どれだけ続けたか、が大事なのではない。
言葉のうえでは些細な違いだが…
毎日がそれぞれに異なる幸せと満足で満ちているのと、
開始時と同じ好意的な状況を延々と再現し続けるのか、
という違いは大きい。
積み上げた時間や経験は同じでも、
振り返って自分の実となる量は全く異なるからだ。
より多くの経験を積め、という言葉があるが、
それは即ち、同じカテゴリでも違った位置に置ける、
そういう似て非なるものを組み上げてみせろ、
さすれば簡単に崩れるような薄く脆い人間にはなりやしない、
というこよなのだ
…ろう。
という意識だけで生きていると、
今日一日の重さを忘れてしまうものだ。
あくまで今日一日、この瞬間に何ができるのか。
そういう意識を積み重ねた結果が継続であり、
どれだけ続けたか、が大事なのではない。
言葉のうえでは些細な違いだが…
毎日がそれぞれに異なる幸せと満足で満ちているのと、
開始時と同じ好意的な状況を延々と再現し続けるのか、
という違いは大きい。
積み上げた時間や経験は同じでも、
振り返って自分の実となる量は全く異なるからだ。
より多くの経験を積め、という言葉があるが、
それは即ち、同じカテゴリでも違った位置に置ける、
そういう似て非なるものを組み上げてみせろ、
さすれば簡単に崩れるような薄く脆い人間にはなりやしない、
というこよなのだ
…ろう。
2008.12.28 (Sun)
戻る道に頼る状態を逃げと云うのか否か
自分はなぜもう一度そんな苦労をしてまで、
学問の道に戻りたいと思うのか。
そもそもそれ以外の選択肢なんかないと判断したからには、
考えもしていないだけ、ともいうが…
この人生の過去に思いを馳せても得られるものは何もない。
ただ得たものよりも失ったものの名と価値のほうが、
遥かに大きい、という事実は一生消せない。
だからこそ言い方は悪いが、
その価値を逆転させるには「返り咲く」しかない。
まだ迷っていう…というよりは、
自分の望んだ道ではないのだ。
望んだものは一生叶わない。
だから、望んだことなんか何もない。
世間並な我欲我執なんか一切持っていない。
やりたいことなんかありゃしない。
それでも、どうせやるならきちんとやりたい。
この数年でかなり狂ってしまった感覚…というより、
かつての生活には決して存在しえなかった、
「人間味」という名で呼ばれる何かが齎したものたちは、
うまく活かせばかなり有利な資質ともいえるのだ。
まずは今日明日のことを終わらせてから、
嫌でもきちんとやってしまわねばならない。
そうだ、それは義務なのだ。
いつまでもこの状況に喘ぐばかりではいられないから。
しっかりと心を括っておかなければ、
この向かい風に飛ばされてしまう。
学問の道に戻りたいと思うのか。
そもそもそれ以外の選択肢なんかないと判断したからには、
考えもしていないだけ、ともいうが…
この人生の過去に思いを馳せても得られるものは何もない。
ただ得たものよりも失ったものの名と価値のほうが、
遥かに大きい、という事実は一生消せない。
だからこそ言い方は悪いが、
その価値を逆転させるには「返り咲く」しかない。
まだ迷っていう…というよりは、
自分の望んだ道ではないのだ。
望んだものは一生叶わない。
だから、望んだことなんか何もない。
世間並な我欲我執なんか一切持っていない。
やりたいことなんかありゃしない。
それでも、どうせやるならきちんとやりたい。
この数年でかなり狂ってしまった感覚…というより、
かつての生活には決して存在しえなかった、
「人間味」という名で呼ばれる何かが齎したものたちは、
うまく活かせばかなり有利な資質ともいえるのだ。
まずは今日明日のことを終わらせてから、
嫌でもきちんとやってしまわねばならない。
そうだ、それは義務なのだ。
いつまでもこの状況に喘ぐばかりではいられないから。
しっかりと心を括っておかなければ、
この向かい風に飛ばされてしまう。
2008.12.24 (Wed)
疑念が確信に変わる時
誰もいない。しかし普通は、誰かがいる。
オンラインでの関係など所詮はそんなものだ。
殆どのものは雑多なノイズか、ちょっと珍しいから保管したガラクタか。
自分の周囲にいる人間にこそ価値があるのであり、
切り捨てるも保持するも自由なのだ。
しかし僕の周囲には誰もいない。
もはやこの孤独に耐えるばかりの時間は苦痛以下でしかなく、
それを誤魔化すために多くのものを犠牲にしてきた。
なすべきことに費やす時間の半分を殺いででも、
自分になかった「人間らしさ」、
いわゆる俗っぽさの獲得に苦心してきた。
そうして気付いた。
他人を知りたがるくせに、他人に知られたくない。
その、道理には適わぬ思いがこうも流行病のように一般化しているのは、
自分の周囲にいる人間にいつも干渉されているからなのだ、と。
僕が仮想人格として構築した「自分」、
具体的にはmixiで「からけ」と名乗ったヒトの中身を、
どこまでも開こうとしていたのは程度の差こそあれ、
基本的には自由なのだ。
だが、一人として昔の自分を知る人間はいない。
今の、事故後、孤独に耐える日々にいる自分しか知られていない。
理解者はいない。
共感できる人間もいない。
孤独でないようでいて、それに執着することこそが何よりの孤独なのだ。
もう隠さない。
どう恥を晒したって構わない。
孤独は嫌だ。
オンラインに逃げるヒキコモリやニートと大差なんかない。
ニートでもなければ、ニートであっても構わない身分であったとしても、
それでも嫌だ。
もうこんな寂しい思いをするのは嫌だ。
本名も知らない人間のために一喜一憂させられるのは嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
何もかもが嫌なら、そう感じる自分をなくしてしまえばいい。
そうだ、変えるんだ。
それしかない。
いつまでも続くものなんかない。
仮初の馴れ合いなんか、
それこそが刹那以下の慰めではないか!
アタマで理解できていることが心で理解できることとはつまり、
自分の弱さを心で認められる強さが身に付いた証拠である。
僕は弱い。
弱い。
だから嫌だ。
そんな自分が嫌だ。
変えてみせる。
絶対に負けるもんか。
このリハビリには最初の、記憶もない一年間があった。
あの一年の重さよ、もう一度僕を苛め。
そのぶんだけ強くなれ。
これ以上はもう必「要」ではない。
覚悟を決めろ。
今は怯えて構わない。
来年、2009年は第三の試練とすべきなのだから。
だから、今は迷え。
そうして、来年の春には、
二度とこんな思いをしなくていいように。
勝て。
オンラインでの関係など所詮はそんなものだ。
殆どのものは雑多なノイズか、ちょっと珍しいから保管したガラクタか。
自分の周囲にいる人間にこそ価値があるのであり、
切り捨てるも保持するも自由なのだ。
しかし僕の周囲には誰もいない。
もはやこの孤独に耐えるばかりの時間は苦痛以下でしかなく、
それを誤魔化すために多くのものを犠牲にしてきた。
なすべきことに費やす時間の半分を殺いででも、
自分になかった「人間らしさ」、
いわゆる俗っぽさの獲得に苦心してきた。
そうして気付いた。
他人を知りたがるくせに、他人に知られたくない。
その、道理には適わぬ思いがこうも流行病のように一般化しているのは、
自分の周囲にいる人間にいつも干渉されているからなのだ、と。
僕が仮想人格として構築した「自分」、
具体的にはmixiで「からけ」と名乗ったヒトの中身を、
どこまでも開こうとしていたのは程度の差こそあれ、
基本的には自由なのだ。
だが、一人として昔の自分を知る人間はいない。
今の、事故後、孤独に耐える日々にいる自分しか知られていない。
理解者はいない。
共感できる人間もいない。
孤独でないようでいて、それに執着することこそが何よりの孤独なのだ。
もう隠さない。
どう恥を晒したって構わない。
孤独は嫌だ。
オンラインに逃げるヒキコモリやニートと大差なんかない。
ニートでもなければ、ニートであっても構わない身分であったとしても、
それでも嫌だ。
もうこんな寂しい思いをするのは嫌だ。
本名も知らない人間のために一喜一憂させられるのは嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
何もかもが嫌なら、そう感じる自分をなくしてしまえばいい。
そうだ、変えるんだ。
それしかない。
いつまでも続くものなんかない。
仮初の馴れ合いなんか、
それこそが刹那以下の慰めではないか!
アタマで理解できていることが心で理解できることとはつまり、
自分の弱さを心で認められる強さが身に付いた証拠である。
僕は弱い。
弱い。
だから嫌だ。
そんな自分が嫌だ。
変えてみせる。
絶対に負けるもんか。
このリハビリには最初の、記憶もない一年間があった。
あの一年の重さよ、もう一度僕を苛め。
そのぶんだけ強くなれ。
これ以上はもう必「要」ではない。
覚悟を決めろ。
今は怯えて構わない。
来年、2009年は第三の試練とすべきなのだから。
だから、今は迷え。
そうして、来年の春には、
二度とこんな思いをしなくていいように。
勝て。





